働くって青春か?アニメ『NEW GAME!』のキャッチコピーを考えてみる。

 こんにちはパシフィックです。

 今期の夏アニメもだいぶ出そろってきて、働いてもなお今期全作品の一話は必ず見ようと思う気持ちが未だにあることに驚いている今日この頃です。

 今期はだいぶ面白い作品が多いように思います。バトルものではfateがありますし、日常ものでは妖怪アパートやアホガール、恋愛ものでは恋と嘘捏造トラップ。様々な様態の作品はありますが今回は今期の放送が二期目にあたる『NEW GAME!』のキャッチコピーを少し考えていきたいと思います。

f:id:pasific:20170712140658p:plain

NEW GAME!」のキービジュアル (c)得能正太郎芳文社/NEW GAME!製作委員会

  この「NEW GAME!」はイーグルジャンプというゲーム制作会社に入社した女の子涼風青葉が一癖も二癖もある先輩達と共にゲームを作っていく日常を描いた作品。

 どうやら今期から青葉は社会人二年目になるので社会人一年目の僕から見ればどうやら先輩に当たるようだ。青葉パイセンちーすである。

 そんなことはおいておくとして、タイトルでも言っているがこの「NEW GAME!」はキャッチコピーに働くって青春だ。というキャッチコピーを使っている。このキャッチコピーは一期目でも言われていたが、その当時から自分は懐疑的な目でこのキャッチコピーを見ていた。

 確かに青葉の職場のように面白い先輩方がいればある程度仕事も楽しいかもしれない。特に青葉はゲームが大好きという特性を持っているからゲーム作りが楽しいのは当たり前なのかもしれない。

 ただ、多くの人が自分の好きな職業や自分に合った仕事に就けるわけではない。そもそも青葉のように自分の趣味を仕事にして挫折しない人間は中々珍しいように思う。例えば、犬が好きな人間がペットショップの店員になって犬を商品として売り買いする現実に嫌気がさしたり、本が好きで書店員になった人間が予想以上にハードですぐ辞めたくなるという話はよくある話。

 きっと青葉にも辛い事は多いはずである。例えば一期目でゲーム内のNPCを百体作れと言われたシーンがあったが普通に考えて百体も永遠とNPCを作っていくのはしんどいはずである。また、八神さんがいつも泊まり込んで仕事をしているのは自分の力ではそれだけやらないとゲームの納期や次の作品作りに差支えが出ると考えているからだろう。

 仕事というのは学生の延長ではない。それで金を貰う以上はプロのクオリティーが要求される。生半可なものを出したが最後社会から信用を失い抹殺される可能性すらある。そんな切羽詰まった状況の中でみな仕事をしているのだ。

 そのため、単純にどんな仕事でも青春できるというのは間違いな気がする。だが、青春ができないというのも違う気がする。

 「NEW GAME!」に出てくるキャラクター達がそこまでしんどい思いをしてゲームを作るのはやはり最後に達成感のようなものがあるからだろう。自分が手塩にかけて作ったものが色んな人に認めてもらえるのはやはり嬉しい事だろうし、それが無ければ続けられていないのではないだろうか。

 つまる所、仕事で青春を感じられるかどうかはこれだけの労力をかけて良かった、労力をかけた甲斐があったとどこまで思えるかなんだと思う。

 ただ、これだけの労力をかけて作ってとても良かった。仕事をした甲斐がめちゃくちゃあったと思える仕事に就ける確立は非常に低い。もしかしたら無いのかもしれない。

 だが、少しでもそう思える仕事に就けているのであればそれはとても喜ばしいことであり、素敵なことだと自分は思う。

「ZEROカルチャースピンオフ『メアリと魔女の花』ができるまで~ジブリという名の魔法が解けて…~」を見て思うこと

 こんにちはパシフィックです。

 今日は午後からの出勤だったのでたまたま10時過ぎまで寝ていたのですが、パッと目が覚めるとリアルタイムで深夜のアニメ視聴後つけっぱにしていたテレビから米林監督のドキュメンタリーが放送されていました。

 そうか、もうこんな放送してんのかと思いながらテレビを消してリビングに行くとリビングのテレビにも米林が。ビデオデッキを見ると録画を示す赤いランプがともっていたので家族のだれかがご丁寧に保存していることはすぐわかりました。

 そのまま顔を洗ったりしたあとボーッとしながら米林監督のドキュメンタリーを見ていたら、やはり改めてジブリというスタジオのすごさやアニメというものの難しさを感じさせられた。

 大衆映画や大衆の文化が出来上がって以来、どこの国でもコンテンツ産業は安く見られやすい特徴があるように思う。だからこそいつの時代でも贋作があるように、映像作品は海賊版が出回る。インターネットの無料視聴サイトも腐るようにある。どこかがダメになれば別のどこかで贋作が作られ、海賊版が売られ、動画がアップされる。こういう文化は本当にコンテンツ産業を破壊するからやめた方が良いと思いつつ、誰もが安く面白いものを見たいという欲求には抗えず脈々と続いてきた文化はそうそう消えるものではないとも思う。

 確かどこかの番組で誰かが言っていたが自分は1000円の映画を作っているのかと言っていた。この言葉の真意は何億もの大金を使って作った映画でも一人が払う金額は1000~1800円でその一人にとってはその程度の価値しかないものを作っているという意味である。端的に言えば労力に見合った価値が社会的に公式で認められていないという事だろう。海賊版はもちろん通常より安い値段で売られるから作品の価値を大幅に下げていることは単純に理解できるが、公式でも一人一人に対しての映画の価値が1000円~1800円しかないと言われているのは確かに作者としてはきついものがあるかもしれない。

 だからといって絵画の画商のような人間が映画作品一つ一つに相応しい値段を考えて観覧料を決めているのでは埒があかないし、映画を観る前に自分の期待以上の金を払えと言われて観る人間は少ないだろう。

 映像作品はその特性上期待度でその金を払って良いかどうか決める。絵画のように絵を見てから金を出す後払いではなく、先払い制なのである。

 一つの映像作品につぎ込まれる労力は絵画の絵師や漫画家、小説の作家と同等と言える。だが、作品媒体ごとで一人一人が払う金が違うのはどのタイミングで金を払い、社会的にどれだけ認められているかという非常に現実的な部分が大きいように思う。

 現代において絵だろうが漫画だろうが小説だろうが作品の価値を悲しくも決めてしまうのはどれだけ金が払われたかだ。映画は合計で何億という金が入ってくるが一人が払う価値は1000円前後、漫画は500~800円、小説は3000円前後。一人頭の払う金が公式で低く見積もられている以上、もともと労力に見合った返しがくる確率は少ない。それでやる気を失うのも当然の事だろうが現行以上の金の回収方法が浮かばない以上仕方がないというしかない。

 自分の知り合いにもアニメーターがいるが駆け出しの自分は3万しかもらっていないという。そもそもそれで生活できるのか疑問だがコンテンツ文化の担い手は常に疲弊していると私は思う。色々な葛藤と理不尽と戦いながらコンテンツ文化や産業を支えているのだ。

 それはある意味では職人の域であり、自分達は職人達が作った作品を公式において非常に安価に享受できることを感謝しつつ、作品に対して向き合い、楽しんで観ることが必要なんだと思う。

『僕のヒーローアカデミア』を見ていて思うこと。

 こんにちはパシフィックです。

 現在退職するまでの時間を何のミスもしないように細心の注意を払って生活している自分ですが、自分がこのブログを立ち上げた元々の理由はアニメ等のサブカル作品から考えたことを徒然なるままに書こうと思ったことでした。決して転職の話をするために立ち上げたものではありません。なので今回は本来のブログの趣旨に沿って、ジャンプ作品で現在アニメも放送されている『僕のヒーローアカデミア』において最も重要な「個性」というものを現代の社会と照らし合わせて考えていきたいと思います。

「僕のヒーローアカデミア 著作権フリー」の画像検索結果

僕のヒーローアカデミア」のキービジュアル(C)堀越耕平集英社僕のヒーローアカデミア製作委員会・MBS

 この作品は人口の約8割が“個性”という特殊な能力を持つ社会において、“個性”を持たずに生まれてきてしまったが、それでもなお個性を悪用する犯罪者「敵(ヴィラン)」と戦う「ヒーロー」に憧れた緑谷出久が、No1ヒーローのオールマイトと出会うことで最高のヒーローになるために努力していくという物語。

 この作品において自分が最も興味深いと感じたのは個性というものの扱い方です。本作では人口の8割が何らかの能力を持った超人です。そしてそれだけ能力が溢れていれば能力に優劣が付けられるのは当然のことです。作中の一番初めの段階で爆轟が没個性だの無個性だのと言っていましたが、自分は良い個性>没個性>無個性という順番で優劣が付けられているように感じました。緑谷が通う中学校の先生ですら「みんな良い個性だ」と教壇から生徒を見渡して言うシーンがあるのでやはりこの超人社会においてどういう個性を持っているのかは非常に重要なことなのでしょう。

 また、先生が生徒の進路希望調査を実施しようとする時、調査シートをばら撒いて「みんなヒーロー科志望だよね」と言っているので、ヒーローという職種の注目度が高いことを考えると、良い個性の中でもいかにヒーロー向きの個性を持っているかが一種の社会的なステータスになっているようにも感じます。

 しかしながら、先生が教壇から生徒を見渡すシーンでは没個性と思わしき生徒達が個人的にですが多く見られたように思います。例えば、目が飛び出ているだけの生徒や指が伸びるだけの生徒、顔が膨らんでいる生徒や顔が光っている生徒、あとは首が伸びる生徒等見ただけでも敵と戦うような戦闘向きの個性ではない生徒が多いように思います。諸事情で画像は出せませんがこれから考えると超人社会においても必ずヒーローになれるだけの個性が発現するとは限らない。むしろ没個性の人の方が圧倒的に多いということがこの一場面だけでも伝わってくるように思います。

 ではここで描かれている個性を現代の社会に例えてみるとどうなるんでしょうか。現代においても優秀な人はたくさんいるでしょう。それこそ、お金が重要なこの世界において成功した人は何百人といます。アップル社の創業者のスティーブ・ジョブズマイクロソフト社のビル・ゲイツ等々。ですが社会はこういったいわゆる良い個性を持った人たちだけで回っているわけではないでしょう。没個性のようなちょっとした一芸や特技を持った人が大多数です。そう考えると、社会において特別に成功できる人間はわずかであることが分かります。また、何もやってこず、何も持たない、いわゆる社会に適応できていない無個性のような人間が相手にされないのは当たり前なのかもしれません。

 ただ、この作品で面白いのは個性を使いこなすために努力が必要である部分が描かれていることです。例えば、雄英高校に推薦で入ってきた轟焦凍の過去はNo2ヒーローのエンデヴァ―からきつい特訓の日々を強いられてきた辛いものであったことが劇中で明かされます。つまり、強力な個性は素養も大事だがそれを扱うためにはその個性の特性を理解した上で、発現させることが重要ということです。

 この部分は現代の社会でも同じではないでしょうか。自分の得意分野を理解し、自分が今どのレベルなのかを他者から理解し、自分を更に磨き上げていく。そうやって能力が足りていない部分を補っていくことで他者から認められたり、あるいは信頼されたりする。頑張ることを強制される社会であると同時にそれはこの社会で生き延びていくためには必要なことであるとも言えます。

 何ももっていない自分でも探して、探して、探して、少しは磨きをかければ社会は認めてくれるのではないでしょうか。そうでなければ無個性の自分はこれからのたれ死ぬことになってしまいますからね。

【報告】今更だが商社マンになることに決めたので色々書いていこうと思う

 こんにちはパシフィックです。

 現在、紆余曲折の話し合いの末、退職日を20日に設定してもらって、退職日までをカウントダウンしている状況です。そこで、ようやく色々と落ち着いてきて時間も取れるようになってきたので色々あったことを書いていこうと思います。

 まずはタイトルの通り今まで言い忘れていましたが転職先を食品関係の商社に決めました。もともと6月の25日には決まっていたのだが退社日の交渉や入社日の調整等で忙しく報告できなかった。

 今回決めた理由は単純に大手だからとかではなく次に繋がると思ったから。

 今の社会状況において有名企業や大手に就職したからといって一生安泰を約束されるわけではない。あの東芝が上層部のミスで多額の負債を背負い主要事業を売り飛ばすことになったり、エアバック事業で有名なタカタが商品のリコールで倒産にまで追い込まれることもあり得る時代なのだ。いつ明日は我が身で路頭に迷うか分からないそんな中でずっと生き残っていくには会社にしがみつくのではなく、いかに会社がいつ倒産しても良いように技術を磨き、高い実績を作っていくかなのだと思う。

 そういう意味で商社であれば色々なことを経験できるだろうし、実績も作りやすいと思ったというのがそっちに決めた理由。

 ただ決めたは良いもののよくよく考えたら一つ問題があることに気付いた。自分は食物アレルギーでピーナッツとハチミツが食べられない。

 もし、食品メーカーとの交渉で新商品の試食を求められた時いったいどうすれば良いのだろうか。入ってたら食えないじゃんか・・・

 やはりどんな会社でも一つや二つくらいは欠点があることを知れたことはいい社会勉強になった。

会社から猛烈な引き留めにあってどうしようか悩んでいる。

 こんにちはパシフィックです。

 前から言っていますが私は現在退職しようと孤軍奮闘しているわけですが、昨日ようやく自分の直属の上司である店長に話しをすることができたのでそのことについて書いていこうと思います。

 昨日の話し合いでは自分が体調面で不安があること(主に耳や肌)を伝え、辞める意思を伝えると、通っている病院の名前を聞かれ、いつから通っているのか聞かれ、「体調面の不安を解消したら店舗に残るのか」と意味不明な返答がきたあと「仕事をする上で必要な改善の相談なら分かるが、いきなり辞めることを前提に話しをするのはおかしい。そういうところが社会人として足りていない部分だ」と説教じみた文句。

 どうやら、体調面のことや辞める原因になることについて事前に相談が無かったことに怒りを覚えているようだが、そもそも、体調面での不安は前から言っているし、煙草による肌荒れは4月の中頃には言っていて、その時空気清浄器の設置案を出してきたのは何を隠そう店長である。それが、6月の終盤になって別店舗の空気清浄機を持ってくるから7月まで待っては道理が通らない。設置すると言っておいて3ヶ月も何の話もなく従業員の環境を無視するような会社にいたくないと思うのは当然のように思うのだが、どうやらうちの上司は違うらしい。

 また、自分の将来において役職に着くビジョンが見えないから、続けていく自信が無いということを伝えると「役職に就いて実際にやってみないと分かるわけがない」というなんとも強引な引き留め文句。そもそも退職の意思を伝えている時点でやる気が無い事は分かっているにも関わらず敢えてこのような話をしてくるあたり、相当なひねくれ者だと誰もが思うだろう。

 挙句のはてには「自分の今後のこと等を冷静に見れるあたりまだ余裕がある。がむしゃらに最善を尽くして仕事に当たっているのか」「今ここで辞めても次また会社を辞めることになる」とまた説教じみた内容を聞かされる。どうやら向こうは自分の今後のことも気にしてくれているようだが自分としてはもうこの職場に未練はないし、転職先も決まっている。後ろがあるのに留まる理由は無い。

 説教や環境改善の話をされたあと、それでもやっていく自信が無いという話をすると「分かった」と一言。これで辞められると思ったのもつかの間、「これですぐに退職にはならない」「俺にも考える時間はいるし、パシフィックにとっても重要だから環境を改善したあとそれでも続けていく自信が無いならしょうがない。改善したあとまた話し合おう」という意味不明な返答が再び。

 正直たちが悪すぎて自分の手には負えない。ここまで辞めたい人間を辞めさせない姿勢はどこから来るのか。はい終了になぜならないのか。そもそも店長のいう改善環境が整うのは1ヶ月、2ヶ月先である。そんな先の話しをして退職を先延ばしにしようとするのはあまりにも姑息すぎる。

 当初は穏便に方を付けよう、新卒で三か月間雇ってくれたんだからその恩義もあるし、辞めるまでやり抜こうという考えであったが、もう無理だ。

 ここまで続けていくモチベーションが無いと分かっている人間を使おうとする相手に自分が屈するわけにはいかない。もう続けていく意思はないとはっきり言い、業務において嫌だったこと、客から暴力じみた行為を受けたこと等あらいざらい文句をぶつけて、次にやりたいことがあることを言って終わらせる。恐らく、店に対する裏切りだのなんだの説教じみたことを言われるだろうが関係ない。

 確かに、事前の環境改善の相談を密にしなかった自分も悪いかもしれないが、それは対応が遅くなることが何となく分かっていたからである。2、3ヶ月の間一切環境改善の話を出さなかったのはお互い様ではないだろうか。もしかしたら休憩時間等に上司からあの件についてはどうだと言ってくれるというのは自分の考えが甘いのかもしれない。強面の話しづらい上司に対してあの件はどうですかとわざわざ上司の時間を貰って、気を遣いながら聞くのが普通なのかもしれない。それでも、自ら気遣って話てくれるぐらいの優しさを向けてくれてもいいのではないだろうか。

 もうこの職場に未練はない。明日朝早く店長に辞める意思を再度伝え、その足で今度は転職先に赴き、今後のことについて話合いを兼ねたミーティングを行う。そのあと仕事に行き、退職までの期間が過ぎるまで仕事を全うする。

 もうこれ以外のシナリオを描かせないと心に誓いつつ、あの強面の店長にまた話をしに行かないといけないと思うと胃が痛くなって仕方がない今日この頃である。

パチンコ屋で嫌だった部分を色々書き連ねてみる。

  こんにちはパシフィックです。

  現在まだ在職中ではありますが実際にパチ屋をやってみて嫌なことをうっぷん晴らしもかねて書いていこうと思います。

  まず一番は煙草関係です。私も働いてみて初めて知りましたが従業員の人全てが喫煙者な上、休憩室が喫煙室と兼任されていました。今はだいぶなれましたが、自分は煙草を吸わないので入った当初は相当しんどかったです。喉は痛いし、せきが止まりませんでした。

 次にしんどいのは遊戯台のメンテナンスです。よくネットの掲示板でパチ屋は簡単という人がいますが正社員はいうほど簡単ではありません。確かにアルバイトの作業は比較的お客様とコミュニケーションを取ることがメインなので難しくはないかもしれません。ですが、正社員の場合はアルバイトスタッフの管理育成はもちろんのこと、遊戯台が正常に動くか動作確認を行ったり、玉が遊戯台に送られていくトイと呼ばれるレーンを清掃したり、一つ20キロぐらいある遊戯台を持ち上げて深夜の2時、3時まで入れ替え作業を行ったりと非常に大変な作業を行うことが多いです。アルバイトの感覚でパチンコ店の正社員になると確実に後悔すると思います。

 最後に、これは恐らく私だけだと思いますし、パチンコ店に限らず店舗勤務全般に言えることですが、私は指が太くなるのがどうも耐えられませんでした。元々指が細い方で、ピアノや将棋といった指を見られる趣味を持っていることから、重いメダルや玉の運搬、遊戯台の入れ替え等で太くなる指に現在も耐えがたい苦痛を味わっています。今思えば確かに昔から指にはそこそこ気を使っていたし、重い物を頻繁に運ぶようなアルバイトにもついたことがありませんでした。そこを意識して新卒時に就職活動をしていれば今のような苦痛を味わうことは無かったのかもしれません。

 色々書き連ねてみましたが、パチンコ店の正社員は言うほど簡単ではありません。なんなら激務と言っても差し支えないと思えるほどのしんどさです。入るのは簡単かもしれませんが、出ていくのは難しいと感じていますし、内容も良い物ではありません。私としてはパチンコ店の正社員はおすすめできない職業です。

予想以上にパチ屋の退職手続きが難航して心が折れかかっている。

  こんにちはパシフィックです。

  以前から言っていますが現在内定を頂いて退職手続きを進めているのですが予想以上に退職手続きが難航してもう転職無理なんじゃないかと最近思っている自分がいます。

 

  こうなった経緯をお話しますと、私が内定を頂いたのが13日で次の日に店長とお話をしようと思ったらまさかの三日間不在という衝撃の事実が判明しました。

 

  そこから私は一番やってはいけない人事課に直接退職を申し込むという暴挙に出てしまいました。

 

  あとからそれが軽率な行為であったと自覚しましたが、自分を飛ばして人事に直接連絡を入れたと知った店長は相当ご立腹なようで、今日店長に退職の意向を伝えようとしたところ「今日は色々あって忙しいから週明けにしろ」と結構強めな口調でいなされました。

 

  正直来月の20日までに退職したいですがこの様子では無理な気がしてなりません。

 

  なによりあの強面な顔を前にして食い下がる自信などあるはずもない私は辞めたいという思いを抱えながら二日間を乗り切るという辛い現実を背負うことになってしまいました。

 

  退職がここまで面倒なものだと思わず、正直もう転職無理かもと諦めかけていますが、とりあえずは二日間を体のメンテナンスに充てたいと思います。

 

  みなさんも退職をされるときは必ず直属の上司を通して手続きを進めるようにしましょう。でないと自分のように余計ややこしいことになってしまいますから。